「第24回★この○年を振り返って…」について

第24回★この○年を振り返って…」について
私の37年間(怪我・病気編)を振り返りたいと思います
先ずは物心つく前のことから。

つかまり立ちが出来るようになってすぐ、

刃物を悪戯し、

右手人差し指を何針か縫う怪我をしたこと。

今も、その傷跡は残ってます。

生後間もなく、ミルクを受け付けず、

かなり手のかかる乳児だったようです。

その後は、病気らしい病気はしなかったけど、

20代で日雇いで勤めてた職場で食べた生卵に中り

あの時は西武線鈍行に乗って、一駅ごとに外の空気を吸いに降りて、

ゆっくり帰ったっけ。

当然、日雇いの仕事はその日で辞めましたよ.

正露丸もらって飲んでも効果は無く、トイレで苦しんでたので、仕事になんなかったし。

その後、30代になってからも新横浜にある矯正歯科に行った帰り、

町田周りの遠いルートで電車に乗り、

真夏の暑い最中だったので、サッパリしたものを食べようと、

町田駅ルミネの中にある鶏肉料理も扱う飲食店で盛り蕎麦を食べ、

小田急線のホームで新宿行きの電車を待ってたら、

急に息苦しくなり、喘息っぽい症状が出たので、

夏風邪かなんかだろうとキヨスクで缶入りホットウーロン茶を買い、

車内で少しずつ飲んでました。

まさか、食物アレルギーを発症させたとは思いも依らず。

なんか尋常じゃないとは気づいてたので、

生卵のときとは違うと思って、

途中下車はせず、急行でそのまま新宿まで直行し、

小田急線車内では、隣り合わせた母一人娘二人連れのうち、

私の左隣に座った女の子から白い目で見られ(多分、
その時点で症状が出てたのではないかと。)、

何とか、最寄駅まで帰りつけたのですが、

ヘルプで呼んだ母が蕁麻疹が出まくってる私を見て驚愕し、

時間外だったのですが、そのまま病院へ.

当直医は専門外の人で、取り敢えず、点滴だけしてもらいました。

その日口にしたものは蕎麦とウーロン茶ですが、

ウーロン茶は息苦しくなったあとに飲んだので、

アレルギーの直接要因は蕎麦だと思ってます、今も.

以来、蕎麦は食べてません.

西武バスのバスツアーに参加したとき、昼食は蕎麦だったのですが、

道を間違えて食堂に着くのが遅れ、

他の客が伸びきった盛り蕎麦を食べてる中、

私一人茹でたての饂飩を頂きました.

大丈夫かもしれないけど、万が一ってことがあるから。

幸いなことに、そば粉を使った加工品は少ないので、

助かってます。

このとき初めて食物アレルギーに苦しむお子さんや、

ママさんの苦労を実感しました.

その後も、カラーリングに依る皮膚のアレルギーで、

目の周りが腫れちゃったりとか、

去年、ヒーターの近くで暖を取ってて、酸欠になったりとか、

色々あったけどね。

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